佐藤 壮馬
2023年11月04日 - 2023年12月04日(土、日、月 開場)
Image:Courtesy of the artist
佐藤壮馬はこれまで、自身がロンドンで過ごした自宅を3Dスキャンで克明に記録した映像作品や、倒れてしまった神社のご神木の元に何度も訪れリサーチやフィールドワークを重ねた彫刻作品、生まれ育った恵み野に並ぶ住居を即物的に写した写真作品などを制作してきた。これらの作品は文化や風土、人々の記憶や慣習をテーマとしており、それらの主題は個や社会における居場所やアイデンティティと深く関係している。佐藤は、現代の科学的で文化的な世界のはざまで、私たちの身体や心をとりまく周辺領域との関係性について探求している。
「Entangled Dimensions : 縺れた次元」は、会場となる「空間」の第一回目の展示として行われた。「空間」は札幌市の中心部から少し外れた場所に位置しており、市内を流れる豊平川の近くにある工場跡地の2階をほとんどそのまま使ったスペースである。佐藤は「空間」から南一条大橋を渡った対岸にある菊水に住んでおり、家から南一条大橋を渡り空間に行き来する中で、かつて工場であった「空間」の成り立ちや地域の歴史に目を向けリサーチを行った。
会場の中央に傾斜させたスクリーンで展示された「あなたはどこでもないところから眺めみる」(2019)は、佐藤がロンドンで生活していた頃に住んでいた家を3Dスキャナーを用いて記録した映像作品である。その家は、代々日本人が受け継ぎながら住んでいる場所で、その構造や生活用具などがモノクロームの点群データとして記録されている。スキャンされた室内はスキャナーが置かれた地点を中心に緩やかに回転し、その場所での生活音や雑踏などが聞こえてくる。幅4mほどの巨大なスクリーンを傾斜するように浮かせて投影した映像によって、目の前に原寸大の部屋の立体が存在するような迫力がある。音はウーファーも用いて会場全体を振動させるように発せられ、スクリーンの映像でありながら肌に感じる現実の体験となっている。
スクリーンの後方には、展示タイトルにもなった同名の作品シリーズ「Entangled Dimensions」が展示された。会場や菊水地域のリサーチを元に制作された新作である。作品は、りんごを樹脂で包むように固められている。りんごは新鮮なままのものから腐敗して形が潰れたものまであり、それぞれのりんごを型取った樹脂に包まれた腐敗したりんごは、かつての姿と変容した姿の両方の形をそこに残している。佐藤は菊水をリサーチする中で、この場所がかつて遊郭であった歴史と南一条大橋が遊廓関係者の手によって彼らの生活のインフラとして作られたことに着目した。
菊水はかつて遊郭ができる以前にはりんご園として営まれてきた場所でもあった。しかし、疫病によりりんご園の継続が難しくなり、その後地域の果樹園経営者たちが、薄野にあった遊郭の移転先として名乗りを上げ、菊水に遊郭が誘致された。遊郭の跡地に(意図せず)存在する青果店で売られていたりんごを固めた作品は、時間のもつれを感じさせるものである。
会場内には、菊水とりんごと遊郭とをめぐる歴史を記したテキストや作家による作品背景を語るテキスト、石川啄木や有島武郎がこの地域で過ごした頃のりんご園にまつわるテキストが点在している。
私が君に初めて会ったのは、私がまだ札幌に住んでいる頃だった。 私の借りた家は札幌の町外れを流れる豊平川という川の右岸にあった。 その家は堤の下の一町歩ほどもある大きなりんご園の中に建ててあった。
有島武郎 生まれ出づる悩み 1918( 大正 7 年 )
展示されたテキストより
作家の出自、札幌の歴史、そしてそこでかつて過ごした人々のテキストが、私たちが生まれ過ごす中で培われる文化と忘れ去られてしまう過去の文化を同じ空間で結びつける役割を果たす。あらゆる文化、歴史の異なる次元の物事が、この菊水という場所で絡まり縺れるように存在していたことに気付かされる。
展覧会のキービジュアルにもなっている「郷夢」(2017)は会場に入ってすぐの壁に展示された。本作は佐藤の故郷である「恵み野」の風景がいくつも重ねられた写真作品で、全体が青写真のようなカラーになっている。「恵み野」は理想の都市として作られたニュータウンであり、グリッド状の道路に住宅が等間隔に並んだ景観の街である。佐藤はそこで育つ中で日本人として与えられたアイデンティティと、景観が持つアイデンティティ、あるいは内的現実から想像する心象風景とのずれを違和感として感じていた。
「郷夢」を導入として展開される本展示は、ロンドンに住む日本人、作家の生い立ち、現在の居住地などを紐づけながら、「住み家」という概念とその周縁の文脈的な探求を展開し、これらは自己と周辺領域との関わりについて多角的な視点を提供する。そして「空間」を訪れた鑑賞者にとって、そのもつれた次元の経験は、その建物や場所、それらをとりまく領野との新たな関係性を結ぶ契機になったことだろう。
空間 川上大雅
佐藤 壮馬
1985年、北海道生まれ。モノやイメージ、個や社会に内在する自明ではないものや逃れられないものとの関係性について考察し、多分野にまたがるアプローチを写真・映像・彫刻・インスタレーションなどのメディアに反映させている。 東京、ロンドンでの活動を経て、現在は札幌を拠点に活動。近年の主な活動に、第23回文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品選出(2020)、KyotoSteam(2022/京都市京セラ美術館)、第16回shiseido art egg賞(2023/資生堂ギャラリー)などがある。
スケジュール
2023年11月04日 - 2023年12月04日(土、日、月 開場)
時間
13:00 - 19:00
会場
空間
住所
〒060-0041
北海道札幌市中央区大通東8丁目1−62
スクランブルガレージ2階
※駐車場はございません。お手数ですが近隣の有料駐車場をご利用ください。